ハチに刺される場面として思い浮かべやすいのは、巣に近づいて襲われる図でしょう。ところが救急搬送の統計を読むと、実際に多いのはそこではありません。草を刈っていて、木を切っていて、そこに巣があると知らないまま刺されているというのが、数字が示している姿です。
福島県の郡山地方広域消防組合が公表している5年分の搬送データをもとに、いつ・どこで・誰が刺されているのかを見ていきます。
先に断っておくこと:これは全国の数字ではありません
この記事で扱うのは、郡山地方広域消防組合「ハチ刺されによる救急統計について」(令和7年6月10日公表)の集計です。一つの消防本部が管轄地域内で搬送した人数であって、全国の統計ではありません。
したがって、ここに出てくる割合をそのまま「日本全体ではこうだ」と読むことはできません。都市部と農山村部では、草刈りや農作業に関わる人の割合も、年齢構成も違います。それでも、傾向を具体的な数字で見られる公的資料は限られており、読む価値のあるデータだと考えて紹介します。対象は2020年から2024年までの5年間、搬送人員の合計は307人です。
いつ刺されているか
| 月 | 搬送人員 |
|---|---|
| 9月 | 91人 |
| 8月 | 84人 |
| 7月 | 64人 |
| 10月 | 43人 |
| 6月 | 11人 |
(5年間の合計。主な月のみ。全体は307人)
9月が最も多く、8月・7月がそれに次ぎます。6月の11人と9月の91人では、8倍以上の開きがあります。
この山は、ハチの巣の成長曲線とそのまま重なります。練馬区のスズメバチ、アシナガバチ、ミツバチの習性と見分け方(2018年12月6日更新)によれば、スズメバチの巣は5月頃に作られはじめ、全盛期は9〜10月で直径20〜30センチに達します。巣が大きくなれば働きバチの数も増え、巣を守る反応も強くなります。搬送人数のピークが9月に来るのは、その帰結です。
裏返せば、6月時点で「小さい巣だから」と判断した場所は、9月には条件がまったく変わっているということでもあります。夏の初めに一度確認して安心した庭こそ、秋にもう一度遠目で見ておく必要があります。
誰が刺されているか
| 年代 | 搬送人員 | 割合 |
|---|---|---|
| 70歳代 | 90人 | 29.3% |
| 60歳代 | 64人 | 20.8% |
| 80歳代 | 46人 | 15.0% |
| 60歳以上の合計 | 203人 | 66.1% |
搬送された人の3分の2が60歳以上です。最も多いのは70歳代でした。
若い人がハチに強いという話ではありません。次に見る発生場所と合わせると、この偏りの意味がはっきりします。
どこで刺されているか
| 発生場所・状況 | 搬送人員 | 割合 |
|---|---|---|
| 草刈り・剪定・伐採 | 128人 | 41.7% |
| その他屋外 | 92人 | 30.0% |
| 農作業 | 25人 | 8.1% |
| 衣類等の内部 | 15人 | 4.9% |
| 屋内 | 15人 | 4.9% |
(上位のみ。合計は307人)
4割強が、草刈り・剪定・伐採の最中です。 農作業の8.1%を足すと、およそ半数が屋外の作業中に起きています。
ここが、この統計から読み取るべき一番大事な点だと思います。刺傷事故の中心は、巣を見つけて駆除しようと近づいた場面ではありません。草を刈っていた、庭木を剪定していた、下枝を落としていた──そのときに、そこに巣があると知らなかったという場面です。
考えてみれば当然で、巣がある場所は多くが茂みの中、生け垣の内側、樹木の枝の間、軒下の陰、あるいは土の中です。いずれも普段は目に入らず、草を刈り込んだり枝を落としたりして初めて視界に入る場所です。しかも作業中は刈払機やチェーンソーの音と振動が加わり、巣への刺激としては強いものになります。近づいた本人は、最後まで巣の存在を認識していないことがあります。
60歳以上が66.1%を占めるのも、この文脈で読むと筋が通ります。庭の手入れや農地の管理を実際に担っている年齢層と、ここが重なるからです。ハチへの感受性の問題である以前に、ハチのいる場所で作業する機会が多い人が刺されているという構図です。
このことから導かれる実務的な結論は、駆除の話ではなく作業の前に見るという話になります。作業範囲を遠目に眺め、同じ場所を出入りするハチがいないかを先に確かめる。一定の方向へ行き来する個体が続けて見えたら、その先に巣があると考えてその区画には入らない。藪や生け垣は、いきなり刈らずに手前から様子を見る。作業中に一匹が周囲を旋回しはじめたら、それは警告なのでその時点で離れる。
軽症が8割、それでも5人に1人はアナフィラキシー
重症度の内訳は次のとおりです。
| 重症度 | 人数 | 割合 |
|---|---|---|
| 軽症 | 247人 | 80.5% |
| 中等症 | 56人 | 18.2% |
| 重症 | 3人 | 1.0% |
| 死亡 | 1人 | 0.3% |
そして、この307人のうちアナフィラキシーショックと診断されたのは59人(19.2%)でした。
この2つの数字は矛盾しません。「軽症が8割だから安心してよい」とも、「5人に1人がアナフィラキシーだから全員が危険だ」とも読めない、という理解が正しいです。
搬送時の重症度分類は、その時点での状態に対する分類です。一方でアナフィラキシーは、刺されてから短時間で全身に症状が及ぶ反応で、19.2%という数字はこの統計の対象者の中で実際にそう診断された人の割合です。軽症で帰れた人が多数派である一方、5人に1人の頻度でアナフィラキシーの診断がついている、という2つの事実が同時に成り立っています。
大事なのは、刺された時点ではどちらになるか分からないということです。過去に刺されて平気だったことは、次も平気であることを保証しません。
死亡者は令和6年に18名(林野庁)
より広い範囲の数字としては、林野庁の蜂刺され災害を防ごうに記載があります。
我が国における蜂さされの死亡者数は、令和6年では18名となっています。
同じ資料では、林業従事者の死亡者は平成26年以降0だったものの令和5年に2名が出たことも記されています(出典は林業・木材製造業労働災害防止協会発行『蜂に注意』)。
年間18名という数は、日常的に起きる事故としては少なく見えるかもしれません。ただ、これは「毎年必ずそれだけの人が亡くなっている」という数でもあります。スズメバチの巣に対して自力での駆除を勧める記事をこのサイトで書かないのは、この数字が根拠です。判断の線引きは自分で取っていい場合と、絶対にやめる場合にまとめました。
刺されたときにどうするか
医学的な処置の手順は、このサイトでは書きません。応急手当は情報の断片で覚えるものではなく、症状の出方によって判断が変わるためです。ここでは一般的な注意にとどめます。
まずその場を離れてください。 ハチは巣に近づいた相手に対して防衛行動をとるので、同じ場所に留まると続けて刺される可能性があります。刺された処置を始めるより先に、巣から距離をとることが優先されます。走って離れることになりますが、その際に転倒しないよう足元にも注意してください。
息苦しさ、全身のじんましん、めまいや意識がはっきりしない、吐き気といった、刺された場所以外に及ぶ症状が出たら、救急要請を含めてためらわずに医療につないでください。 前述のとおり、この統計では19.2%がアナフィラキシーと診断されています。「大げさかもしれない」という遠慮が、判断を遅らせる方向に働きます。特に一人で作業しているときは、誰も気づけません。屋外作業では携帯電話を身につけておくこと、誰かに作業場所を伝えておくことが実務的な備えになります。
なお、アナフィラキシーに備える自己注射キットについて、林野庁の資料は「あらかじめ登録医師の処方が必要」としています。その場で入手できるものではなく、市販で買えるものでもありません。 過去に刺されて強い反応が出たことがある方や、業務で山林・農地に入る方は、事前に医療機関で相談しておく類のものだ、という位置づけになります。
この統計から持ち帰ること
- 搬送のピークは9月。巣が最大になる時期と一致する
- 発生場所の41.7%が草刈り・剪定・伐採。巣を襲いに行って刺されているのではない
- 60歳以上が66.1%。屋外作業を担う層と重なる
- 軽症が8割でも、19.2%にアナフィラキシーの診断がついている
- 全国では令和6年に18名が亡くなっている(林野庁)
対策として最も効くのは、駆除の技術ではなく作業に入る前に周囲を見ることです。巣を見つけたら、自分で処理する前に自治体に相談する順番になります。撤去してくれる自治体と、しないと明記している自治体があるので、市区町村が駆除してくれるのかと駆除費用の補助金がある自治体を先に確認してください。
郡山地方広域消防組合の集計は令和7年6月10日公表分、林野庁のページは2026年7月時点で確認したものです。繰り返しになりますが、307人の統計は一つの消防本部の管轄内のものであり、全国値ではありません。