トコジラミについて、公的な資料がはっきりした数値を出しているのは温度です。厚生労働省が令和5年度の生活衛生関係技術担当者研修会で配布した資料には、加熱駆除について「49℃で1分暴露で100%致死」、冷却駆除について「-20℃では比較的速やかに100%致死」と書かれています。
ただし、この数字をそのまま家庭に持ち込むと足をすくわれます。同じ「熱」を扱っているのに、自治体の案内では81℃という別の数字が出てくるからです。この記事では、公的資料に書かれている温度をまず並べ、そのうえで家庭で熱を使うときに何が起きるかを書きます。
公的資料に書かれている温度と時間
| 出典 | 方法 | 条件 |
|---|---|---|
| 厚生労働省・令和5年度生活衛生関係技術担当者研修会資料(2024年2月) | 加熱 | 49℃で1分暴露で100%致死 |
| 同上 | 冷却 | -20℃では比較的速やかに100%致死 |
| 足立区/トコジラミによる被害(2021年4月更新) | 熱湯処理 | 81℃以上で5分以上 |
厚労省の資料は、対策の選択肢として殺虫剤処理・加熱・冷却・吸引・捕獲・寝具洗濯・ゼオライトの使用などを並べており、加熱と冷却はその一部として位置づけられています。
なぜ「49℃」と「81℃」で数字が違うのか
矛盾しているわけではありません。前提が違います。
49℃1分というのは、その温度にその時間さらされたトコジラミが死ぬという条件です。虫そのものが到達した温度の話をしています。
一方、足立区が示す81℃以上で5分以上は、家庭で熱湯をかける/浸けるという作業に対する指示です。お湯は注いだ瞬間から冷めますし、布や繊維の内部に入り込むほど温度は下がります。表面に81℃の湯をかけても、虫がいる位置で49℃が1分保たれる保証はない。だから作業側の条件としては、余裕を大きく取った数字になります。
ここが実務上いちばん大事な点です。目標温度と、そこに到達させるための作業条件は別物です。 温度計を虫の隣に置いて確認できない以上、家庭でできるのは「余裕を取る」ことだけになります。
家庭で熱を使うとしたら、どの手段があるか
厚労省の資料が対策の選択肢に寝具洗濯を挙げていることを踏まえると、家庭で現実的に温度を上げられるのは次のあたりです。
| 手段 | 特徴 | 注意 |
|---|---|---|
| 衣類乾燥機・コインランドリーの高温乾燥 | 洗濯後の乾燥工程で、庫内全体の温度を上げられる | 生地の耐熱表示を確認する。運ぶ途中に落とさない |
| 寝具の洗濯 | 厚労省資料が対策の一つとして挙げている | 洗える素材かどうかで可否が決まる |
| スチーム(衣類スチーマー等) | 布団やソファの表面に短時間で熱を当てられる | 当てた場所しか温度が上がらない |
| 布団乾燥機 | マットレスや布団を長時間温められる | 機種ごとの到達温度は仕様表を見る |
いずれも「洗える・運べる・熱をかけられる物」に対してだけ使える手段です。家具そのもの、床、壁、畳の下は、この方法の外側に残ります。
熱は、中まで届くとは限らない
この記事でいちばん書いておきたいのはここです。
トコジラミが潜むのは、ベッドフレームの継ぎ目、マットレスの縫い目の内側、家具の裏、壁と幅木のすきま、コンセントの内部といった閉じた狭い空間です。表面に熱を当てても、数ミリ奥に届いているかは分かりません。スチームを当てた場所は熱くなりますが、当てていない場所は室温のままです。
しかも、熱が中途半端に届いた場合、虫は逃げます。東京都北区は、燻煙剤について「生息範囲を拡大させる可能性」があるとして非推奨としています(2024年2月更新)。部屋全体に薬剤を行き渡らせるつもりの処理が、かえって虫を別の部屋へ散らすという指摘です。熱についても、同じ理屈が働く可能性は頭に置いておくべきです。
つまり熱は、洗える物・運べる物に対しては有力だが、部屋そのものを片づける方法にはならないというのが現実的な整理になります。
掃除機を使ったあとにやること
足立区は、掃除機で吸い取った場合、ゴミは即座に袋に密閉するよう案内しています。吸引は厚労省資料でも対策の一つに挙がっていますが、吸ったものが本体の中で生きていれば、掃除機がそのまま移動手段になります。紙パックごと、あるいはダストカップの中身ごと、口を閉じたポリ袋に入れてから捨ててください。
薬剤で片づけようとすると、別の壁に当たる
「熱の話をする前に、まず殺虫剤でいいのでは」と考える方が多いはずです。ただ、トコジラミについては公的機関が抵抗性の問題を明記しています。足立区は「ピレスロイド系の殺虫剤に抵抗性を示す(殺虫剤が効かない)スーパートコジラミが出現しており、一度発生すると駆除がとても困難な虫です」と書いています。この抵抗性の中身については市販の殺虫剤が効かないトコジラミで、実測データを含めて詳しく扱いました。
熱が注目されるのは、薬剤への抵抗性とは無関係に効く物理的な手段だからです。ただし前述のとおり、届く範囲に限りがあります。
「しばらく留守にすれば消える」は成り立たない
熱をかけるのが大変だからといって、部屋を空けて待つ方法は選べません。東京都ペストコントロール協会の機関誌が示す飢餓耐性は、温度が低いほど長くなります。詳しい日数は吸血せずに何日生きるかにまとめましたが、結論だけ書くと待って消える相手ではありません。
この記事の要点
- 厚生労働省の研修会資料(2024年2月)は、加熱駆除を「49℃で1分暴露で100%致死」、冷却を「-20℃では比較的速やかに100%致死」と記載している
- 足立区(2021年4月更新)は熱湯処理を「81℃以上で5分以上」としている。目標温度と作業条件は別の数字であり、矛盾ではない
- 家庭で使えるのは高温乾燥・寝具の洗濯・スチーム・布団乾燥機など。いずれも洗える物・運べる物が対象
- 熱が繊維や継ぎ目の内部まで届く保証はない。家具・床・壁は残る
- 東京都北区は燻煙剤を「生息範囲を拡大させる可能性」があるとして非推奨としている
- 掃除機で吸ったゴミは、足立区の案内どおり即座に袋へ密閉する