「市販のスプレーを買ってきたのに減らない」という状態には、公的資料に裏づけのある説明が付きます。日本のトコジラミの多くが、ピレスロイド系の殺虫剤に対して抵抗性を示す集団だと確認されているからです。
この記事では、行政と業界団体が公表している記述と実測値だけを並べます。最初に断っておくと、この記事は「代わりにこれを買えば効く」という結論には行き着きません。 その理由も後半に書きます。
地域別の致死率が3.3%から100%までばらついた
東京都ペストコントロール協会の機関誌088号(2024年7月・特集「トコジラミの生態、防除方法」)は、採集地ごとの殺虫剤感受性の測定結果を載せています。
| 系統 | 供試薬剤 | 地域別の致死率 |
|---|---|---|
| ピレスロイド系 | ペルメトリン | 3.3%〜100%(地域によってばらつく) |
| 有機リン系 | フェニトロチオン | 全地域で100% |
ピレスロイド系の幅の広さが、この表の要点です。100%の地域もあれば、3.3%しか死ななかった地域もある。同じ薬剤でも、どこで捕まえた個体群かで結果が変わるということです。
裏を返せば、店頭で同じ商品を買った二人のうち、片方はうまくいき、片方は何も起きない、という現象が起こりえます。個人の体験談が食い違うのはそのためです。
行政の公式ページも、抵抗性を明記している
自治体の記載は、この測定結果と整合しています。
| 出典 | 記載 |
|---|---|
| 足立区/トコジラミによる被害(2021年4月更新) | 「ピレスロイド系の殺虫剤に抵抗性を示す(殺虫剤が効かない)スーパートコジラミが出現しており、一度発生すると駆除がとても困難な虫です」 |
| 東京都北区/トコジラミの相談が増えています(2024年2月更新) | 「日本で問題になっているトコジラミの多くは、ピレスロイド系殺虫剤に対し強い抵抗性を示す集団が確認」 |
「スーパートコジラミ」は俗称のように見えますが、足立区が公式ページで使っている語です。そして同じ文の中で「一度発生すると駆除がとても困難な虫です」と続けています。
いつからの話なのか
国立健康危機管理研究機構のIASR(殺虫剤抵抗性/駒形修、Vol.46 p240-241、2025年12月号)は、2010年前後に全国各地でピレスロイド抵抗性が確認されたこと、そして2024年の大阪府の調査でも同様であったことを記しています。
つまり最近始まった話ではなく、15年ほど前から観測されていて、直近の調査でも状況が変わっていない、という経過です。
相談件数は7年で9倍近くに増えた
厚生労働省の令和5年度生活衛生関係技術担当者研修会資料(2024年2月)には、次の記載があります。
- 相談件数が2017年から2023年にかけて、約100件/年度から900件以上/年度へ増加
- 2015年に国内で80年ぶりにネッタイトコジラミを発見
80年ぶりという表現は、いったん国内からほぼ消えていたものが戻ってきたことを示します。抵抗性の話と件数の増加が同時期に重なっているのが、いまの状況です。
「では有機リン系を買えばいい」とはならない
機関誌088号の表を見ると、有機リン系(フェニトロチオン)が全地域で100%という結果に目が行きます。ただし、ここから先は慎重に読む必要があります。
まず、測定結果があることと、家庭でその薬剤を入手・使用できることは別の問題です。 業務用の薬剤をどこにどれだけ使うかという判断は、対象空間の広さ、換気、同居者やペットの有無、食品や食器の位置、近隣への影響まで含めて決まります。これは専門業者の領域です。実験室で100%だったという数字は、家庭で同じ結果になることを意味しません。
もうひとつ、書き手の側の制約もあります。医薬品医療機器等法(薬機法)第66条は「何人も」を対象としており、企業だけでなく個人が書くサイトにも及びます。ですからこの記事では、特定の商品名を挙げて「これなら効く」とは書きません。 書けるのは、公的資料・業界団体資料に載っている測定値と行政の記載を、そのまま引くところまでです。
なお、業界には公的な資格・登録制度が存在しないという別の問題もあります。この点は害虫駆除に公的な資格制度は無いで扱いました。業者に頼むときに何を確認材料にするかが変わってきます。
忌避剤については、承認上の効能範囲が公表されている
駆除ではなく忌避に限れば、厚生労働省の通知に具体的な記載があります。
防除用医薬品及び防除用医薬部外品の製造販売承認申請に係る手続きについて(平成28年6月15日・薬生審査発0615第1号)は、ディート製剤の効能範囲として「蚊、ブユ(ブヨ)、アブ、ノミ、イエダニ、マダニ、サシバエ、トコジラミ(ナンキンムシ)、ツツガムシの忌避」を挙げています。一方、イカリジン製剤の効能範囲は「蚊成虫、ブユ(ブヨ)、アブ、マダニの忌避」で、トコジラミは含まれていません。
ただし、忌避は駆除ではありません。 寄りつきにくくすることと、その部屋からいなくなることは、まったく別の話です。東京都北区もディート含有忌避剤に触れていますが、それで駆除が完了するとは書いていません。刺されるのを一時的に減らしたいときの手当てであって、発生源の処理の代わりにはなりません。
薬剤以外に、公的資料が挙げている手段
薬剤の効きが読めないぶん、物理的な手段の比重が上がります。厚労省の資料は、殺虫剤処理と並べて加熱・冷却・吸引・捕獲・寝具洗濯などを挙げています。温度の具体的な数値と、家庭でやるときの限界についてはトコジラミは49℃1分で死ぬにまとめました。
また、東京都北区は燻煙剤を「生息範囲を拡大させる可能性」があるとして非推奨としています。部屋全体に薬剤を回す発想が、むしろ逆効果になりうるという指摘です。
「では放っておけば」と考えたくなりますが、飢餓耐性の数字を見るとその選択肢は消えます。詳しくは吸血せずに何日生きるかに書きました。
この記事の要点
- 機関誌088号(2024年7月)の測定では、ピレスロイド系(ペルメトリン)の地域別致死率は3.3%〜100%、有機リン系(フェニトロチオン)は全地域で100%
- 足立区は「スーパートコジラミ」の語を使い、「一度発生すると駆除がとても困難な虫」と明記
- 東京都北区は「日本で問題になっているトコジラミの多くは、ピレスロイド系殺虫剤に対し強い抵抗性を示す集団が確認」と記載
- IASR(2025年12月号)は2010年前後に全国各地で抵抗性を確認、2024年の大阪府調査でも同様と報告
- 厚労省資料では相談件数が2017年から2023年にかけて約100件/年度から900件以上/年度へ増加。2015年に80年ぶりのネッタイトコジラミ発見
- 業務用薬剤の使用判断は専門業者の領域。薬機法66条は「何人も」が対象のため、この記事では商品名を挙げた効果の保証をしない
- ディート製剤の承認上の効能範囲にはトコジラミの忌避が含まれるが、忌避は駆除ではない